いつもどこかへ -48ページ目

静寂の庭

運転手のおじさんが、折り目から破れびりびりになった観光地図を広げ、どの遺跡だか教えてくれる。そして遺跡の方を指差し「This way」と言う。3時間の間、遺跡に着くたびにこの繰り返しだった。わたしにしてみれば、このほうが好都合で、好きなように見ることができた。


アユタヤはタイの古都で、14世紀から400年間隆盛を誇ってきた。外国との交易も活発だったようで日本人町も形成されていたと言う。18世紀に宿敵ミャンマー軍に破壊された。

 

 残されたお寺や仏塔、仏像はことごとく破壊され、仏像は全て頭部と手がない。人間の感情や意思を示す2つの重要なパーツがないというのは、生理的に不安を感じさせる。

 同時に、その2つがないことにより意思を伝えるものがなく、静寂の庭でもあった。


 徹底的に破壊され尽くした庭を見て、「なぜ、ここまで」という疑問がわいていた。

戦争とは、なぜ争うのか。なぜ、ここまで破壊されなければならないのか


人間の歴史は戦いの歴史であるが、美しさと息苦しさがわたしの中にあった。


つづく




 

トゥクトゥクで古の都 アユタヤ見物

 アユタヤの町へは列車をおりてから、土ぼこりの舞う道を通りぬけ川を渡る。小さな町だが思ったよりも賑やかでマクドナルドもあった。

 この町には世界遺産である仏塔などの遺跡がある。数百年前のミャンマー軍との戦いで破壊されてしまったが、当時の栄華を語る貴重な遺跡群である。

 

 貸し自転車でも借りようかと、道を進むとトゥクトゥクの運転手に声をかけられた。初老に見えるが、実際にはもう少し若そうである。道端にある遺跡案内の看板を指差し、案内できる遺跡を伝えてくる。片言の英語で1時間150バーツと言う。何度か交渉し、3時間360バーツで契約成立。もしたしたら、まだ値切れたかも知れないが、生活がかかっている相手におもしろ半分で値切るのは悪い気がした。

 秋とは言え、アユタヤは気温30℃を超える。すでに10℃以下まで下がる日もある北海道からきた体にこの暑さはこたえた。

 トゥクトゥクの座席に乗る。バンコクのとは形が異なり、横向きに乗る。つかまっていないと走っている最中に道路にそのまま転がり落ちそうだが、町の景色が良く見えて楽しい。風を切る爽快感が気持ち良く、タイでの思い出は、この風の気持ち良さと色とりどりの花かもしれない。


 走り出したトゥクトゥクはすぐに市街を抜け、遺跡のなかへ入っていった。


つづく


 

やっぱり直火で文化鍋

 ご飯を炊くのには、文化鍋を使っている。

 一人暮らしをはじめた最初の1年は炊飯ジャーを使い、タイマーセットをして、朝は炊きたてご飯だった。

 ある日、体調を崩しお粥を炊くのに鍋が必要になった。痛む腹部を押さえながら台所用品店へ行き、文化鍋を購入した。


それ以来、直火炊き派に転向。

メリットは下記の通り

①火力が強いのでごはんがふっくら甘く炊ける

②冷えてもおいしい

③炊きあがりが速い(3合を炊く場合、米とぎ・給水15分+炊飯15分+蒸らし15分)


 米をとぎ、水を吸わせ、鍋蓋がカタカタ言い出すまで強火で加熱。沸騰したら弱火に切り替え、鍋がかすかにパチパチいい始めるまで待つ。慣れるとこの小さな音は、他の作業をしていても聞こえるようになる。


 グツグツという音と米の炊ける香ばしい香り。空になった鍋は水を入れておけば簡単に洗うことができ、困ることもない。


 電気まかせで鈍りがちになる感性を、この鍋炊きはよみがえらせてくれます。やはり手作業は大切だなあと感じます。


タイの3等列車で風を見た

 去年、本当に思いつきでタイに行った。ネットで見つけた安いフリーパックで、30分悩んで行くことを決め、3日の有休を無理矢理取り、2日後にはバンコクにいた。

 熱帯独特のからみつくような熱気、そして喧騒。パックなので空港からホテルまでは車で送ってもらい、ホテルも手配されている。個人旅行に比べると物足りない気もするが、これはこれで楽。


 賞味4日の日程の中、バンコクを歩き回り、1日はアユタヤに行くことにした。


 ホテルのすぐそばにあるフアランポーン駅に入ると、カウンターにいるおじさん達にやかましく声をかけられる。いつもの客引きかと思い、無視しているとそれでもなお呼びとめる。


 なにかあるのかな?と話しを聞くと、「アユタヤ?」と聞かれた。そうだよ、と答えると、切符を買う窓口と、次に出る電車の時間、切符の買い方など親切に教えてくれた。インフォメーションカウンタだったのだ。なるほどどうもありがとう、と言うと笑顔で握手をしてきた。がっちり握られ、手を離せずにいると、からかうように笑う。人懐っこいおじさんたちだった。


 アユタヤへ行く電車は予定より30分遅れで発車した。3等列車に乗り、くつろぐ。車内は古いが、特段困ることはない。日本の古い鈍行ににていて、車内が木製だということくらいしか違和感は観じなかった。


 バンコク市街を抜けるまで、列車は何度も停車する。空港近くの郊外になると、ようやく快走しはじめた。途中停車する駅では、車内販売が弁当や飲み物など売り歩く。


 途中、水田の中を走る。窓を開けると風が気持ちよい。水田の緑が美しく、青い風まで見えるようだった。


つづく

タイのマクドナルド その2

トリビア~  すばらしきムダ知識…を見て、タイに来たらどうしても見たかったもの。

それは、「合掌するドナルド」。アユタヤの駅を出て、河を渡り街路を歩くと見なれた黄色いMの文字。世界中どこにいても、これでマクドナルドとはっきりわかるのだからすごい(パリルーブル地区のマックの看板はグレー)。

 日本では普通に笑顔を浮かべて立っているドナルドは、他国では色々自由にポーズを決めているらしいです。

 

タイの一般庶民にしてみれば、マックの値段はかなり高級品。店内は旅行者らしき欧米人がいるだけでした。

タイのマクドナルド その1

thailand's Mac  こちらはタイのマクドナルド。タイ語が用いられているほかは、特に目だった特徴はないようです。

あえていうなら、レイアウトが不定形の色面で区切っていることでしょうか。日本で見たことのないクリームのデザートもあります。

このときは、トイレを借りたい一心でマックに入りました。注文したのは「サムライポークバーガー」。

なるほど、照り焼きバーガーのことでした。


イチジクジャム

そもそも、イチジクを食べたことがなかった。

びわと同じくらい食べたことがなかった。

北国育ちの私にはりんごやぶどう、梨やさくらんぼの方が身近。

 

しかし、アオハタジャム15種類抽選でプレゼント応募のため

さくらんぼジャムに続き、イチジクジャムを買ってみた。

 

近くのおいしいらしいパン屋で

夕方焼きあがったばかりのパンを買い

いそいそと準備を始め

 

イチジクジャムを口にした。

・・・。

 

何これ?

 

というのが正直な感想。

好きキライはなく、なんでも食べられるけど

まずいものはまずい。

イチジク苦い。

 

 

台湾のマクドナルド

台湾マクドナルド これまでに訪れた国は8ヶ国。そのうち、マクドナルドのトレイに敷いてあるチラシを持ちかえってきたのはフランス・スペイン・中国・台湾・タイ。他に人からもらったのがギリシア。

 残念なことに、学校のレポートでこのチラシの何枚かを添付して提出したところフランスとギリシア、スペインが行方不明になって戻ってきました。

 と言うわけで、手元に残っているものだけ紹介したいと思います。

今回は台湾。日本のキャラクターコピー商品が、似ているいないにかかわらず堂々と街に並んでいました。マックのチラシに載っている、このキャラクターも…なんか変…。

日焼けしてるし、化粧…?原型が無いような・・

マクドナルドなのでオフィシャルなものなのでしょうか

 

まさかね・・・。

タイのノート

タイのノート

昼休みにネットで検索していて、思いつきで行ったタイ。

 

中華街のそばにあったホテルの横にはコンビニが。 

そこで入手した一冊です。

 ハードカバーと

ステープルでとめただけの2種類がありました。

 紙質はとても薄く、書きごこちはなめらか。

 途中、罫線の無い真っ白なページがあったり

ハードカバーのノートの糊付けが雑で

180℃開かなかったりはご愛嬌。

 

それにしても、みんなこんな立派なノートを使っているのかな

 タイは経済成長は著しいけど・・・ 

庶民が日常的に使っているものが見たいです

 

 

モールスキンのノート

モールスキンとメモ紙イギリスのモールスキンノート

小型でハードカバーのため、手にもっても書きやすい

インクの吸水性も適度で、使いやすい一品でした。

 

バンドがついているので、かばんの中でも開いてばらばらにならないし。

 

写真は、出張のときに気になったことをメモした紙とノート。

 

ファーストフードの緑色のトレイと

トレイの丸い角がとても気になって記録したものです

手持ちの紙がなければ、

紙ナプキンでも

トレイにしかれた紙でも

なんでも使う

 

数年ぶりに見返すと

スケッチがたくさん残してあったり

 

見聞きしたものの記録が残っていて

 

楽しめました。